すまいみらい研究所 DNP

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ホーム みんなで考えるみらいのすまい 東京大学千葉研究室 共同研究 第8回 ミーティング

田中誠一、國東千帆里(DNPすまいみらい研究所)
千葉学、海法圭、東京大学工学部大学院の学生の皆さん(東京大学大学院工学系研究科建築学専攻)
プロデューサー:安東孝一(アンドーギャラリー)
エディトリアルスーパーバイザー:寺松康裕(建築編集研究所)

リサーチから見えてくるさまざまな日本の課題

エスキース・チェックは、それぞれの学生がこれまで考えてきたことを3分程度で発表し、質疑応答をするかたちで進められました。
学生は選択したターゲットを念頭に対象となる敷地や世帯構成を考え、リサーチを重ねてきています。ターゲットを設定した際に出題側が想定した社会的背景にとどまらず、学生それぞれの視点でさまざまな問題提起がなされました。敷地として選択した地方固有の問題や、全国的に増えている空き家の問題、土地家屋の所有の問題やコミュニケーションの問題に至るまで、その視点もまた多種多様です。「建具」という器具や機構のレベルと、生活やコミュニケーションなど、人の活動のレベルの相互作用意図している部分もあり、最終的な成果に厚みがでてくることも期待されます。提案の多くがシェアハウス※4の形式をとっていることからも、住まい方への意識の変化がうかがえました。

※4 シェアハウス
複数の人でひとつの住居を共有すること。居間やキッチン、浴室などを共有し、各個人用の個室を備える場合が多い。

「地方にUターンした単身の若者」をターゲットとした提案では、Uターン先の実家や祖父母世帯との同居を発展させたアイデアが提示されました。愛媛県松山市を敷地とした提案では、高齢者の生活で必要になる「手摺り」に着目し、それを介護や建築のファサード※5、建築構造に至るまで広げ、旧理髪店の住居兼店舗をリノベーションするアイデアが示されました。
千葉教授からは、ヘルパーなど家族以外の人が日常的に入ってくる場合のプライバシーの問題や、介護が必要になった場合の、トイレや風呂などの必要寸法の検討について、アドバイスがありました。

※5 ファサード
道路や広場に面する、建物の正面デザインを示す。

「都市部に住む単身の高齢者」をターゲットとした提案では、東京や横浜など、大都市圏での独居老人に関する問題意識がうかがえます。
さまざまな理由で手放された土地が、ミニ開発※6などで細分化されることにより、場所が積み重ねてきた記憶が失われることに問題意識を持った提案では、店舗兼シェアハウスとして、細分化を避ける試みが提示されました。操作のしやすさや頻度により「建具」を「重・中・軽」の3つに分類し、インフィル※7としての「建具」の操作のみで住まい方の変化に対応する試みが考えられています。
また、核家族化がさらに進み、家族の単位が小さくなったことに着目した提案では、「ひとりぼっち同士のコミュニティ」をテーマに、使わなくなった部屋を多く抱える単身高齢者の戸建住宅と、高齢者所有の単身アパートの相乗効果を狙い、高齢者の住居で余っている部屋や家具の利用を手がかりに、新たな都市居住のあり方が模索されています。
そのほかにも、「建具」である窓から見える景色に着目し、窓から外の人びとの活動を積極的に見せることで、高齢者に趣味を通じたコミュニティへの参加を促す提案などが提示され、「建具」のデザインや機構にとどまらず、街のあり方や生き方に至るまで、深い考察を含んだ提案がいくつも見られました。

※6 ミニ開発
敷地面積100㎡未満の建売住宅の販売を指す。現在の都市計画法では、市街化地域において1,000㎡もしくは500㎡未満の土地は都道府県知事の許可なく開発ができるため、不動産会社にとって開発しやすいメリットがある。
※7 インフィル
主に住宅の設備や内装を示す言葉。建物の構造躯体を示す「スケルトン」と対で使用され、建物のつくりかたのひとつの方式として考えられている。

「地方にIターンした若者夫婦」は関心の高いターゲットです。地域おこし協力隊※8と組み合わせるなど、地域活性化の担い手としてIターン夫婦を捉えた提案や、熊本市内の元理髪店の町家を敷地に選び、旧来の住人と、そこで店舗を営むIターン夫婦のシェアを想定した提案など、世帯の設定も多種多様です。
島根県海士町(あまちょう)や徳島県神山町を敷地として選んだ提案では、Iターン先での住居確保の難しさにも焦点が当てられました。前者は絶対数の不足や立地条件の問題。後者は貸せる物件があっても、余所者にはなかなか貸さないという、ニーズの不一致について、問題提起がありました。賃貸ではなく持ち家を建てる場合でも、土地所得のハードルはさらに高く、難しい課題です。
多くの提案がそうした社会的背景への取り組みのみならず、透過性をもった「建具」による居住空間の環境やスペースの制御が考えられていたり、「建具」で用いられる格子を建築の構造にまで広げ、建具の機能をもった構造材で環境をつくることが提唱されていたり、デザイン面での検討もしっかりと進められています。

※8 地域おこし協力隊
人口減少や高齢化が著しく進行している地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、定住・定着を図ることで、地域協力活動をおこなってもらう制度。

「多拠点生活をするDINKS世帯」をターゲットにした提案では、渋谷と湘南での多拠点居住の提案や、趣味の活動スペースを含んだ住まいの提案など、地域の特徴や、 住まい手のライフスタイルから発想した提案が多く見られました。多拠点居住を選択する動機には、個人のライフスタイルが大きく関わってきます。質疑応答では、特徴的なライフスタイルが建築そのものや「建具」に反映されるためには、所有の形態も検討する必要があるとの意見がありました。

「就労を視野に入れた外国人留学生」をターゲットにした提案では、吉祥寺に立地する共同住宅や、谷根千地区※9における街と一体化した住まい方の提案など、地域に開かれ、留学生と地域住人とのコミュニティ活性化を意図したものが多く見られました。「気配」や「余韻」といった日本人の持つ空間感覚や、濃厚な下町のコミュニティと触れることで、留学生が日本人の生活や文化を理解し溶け込むことを期待した提案です。

※9 谷根千地区
台東区から文京区にまたがる、谷中・根津・千駄木の周辺をまとめて呼ぶ際の通称。戦災や大規模開発を免れた地域で、下町の風情が残っている。

異なるターゲットや地域を題材に進められているデザインも、根底には共通する問題意識や課題が見え隠れしてきます。それは高齢化だったり、コミュニケーションの問題だったり、所有の問題だったり、さまざまです。エディトリアルスーパーバイザー の寺松氏からは、多くの作品に対してその作品の「主体」を問う質問が多く投げかけられました。誰のための提案で、それはどういう立場の人で、協力する人はどれだけいるのか。それは経済的に成立するかどうかも含め、作品が高いリアリティを持つために、重要な要素になってきます。

課題制作は、「建具」や「住まい方」に関係するさまざまな事象に思考を広げていく段階を終え、最終的な提案に収束させていく段階に進みつつあります。夏の発表会への期待が高まるエスキース・チェックとなりました。