すまいみらい研究所 DNP

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ホーム みんなで考えるみらいのすまい 東京大学千葉研究室 共同研究 対談:共同研究で目指すもの

千葉 学(東京大学 教授) ×田中 誠一(DNPすまいみらい研究所 所長) 
 対談:共同研究で目指すもの
参加者

千葉学(東京大学大学院工学系研究科建築学専攻千葉学研究室)
田中誠一(DNPすまいみらい研究所)
プロデューサー:安東孝一(アンドーギャラリー)
エディトリアルスーパーバイザー:寺松康裕(建築編集研究所)

6月10日、DNPすまいみらい研究所と東京大学千葉学研究室の共同研究開始にあたり、田中誠一所長と千葉学教授による対談が行われました。この共同研究で何を目指すのか、マテリアルだけに留まらない、人と人、場所や都市の関係まで、大きく広がる未来に向けたお話しとなりました。

大日本印刷の住宅マテリアルと住まいの未来

田中誠一(以下、田中): まず「DNPすまいみらい研究所とは?」というところからお話しします。一般の方には印刷会社と「住まいの未来」がどう結びつくのか、分かりにくい部分があると思います。大日本印刷の名で製品化されるケースはほとんどありませんが、弊社は印刷技術を用いた住空間のマテリアルを多くのメーカーに提供しており、実は日本の一般的な住宅のかなりの部分、壁紙やフローリング材、ドアの表面などに深く関わっています。
「DNPすまいみらい研究所」は、われわれの視点だけではなく、生活者や建築の専門家の方々の視点も借りながら、住空間のマテリアルを進化させるということがひとつの目的です。そこからスタートして、住宅そのものや暮らし、まちづくりに至るまで、可能性を探求することも視野に入れていきたいと考えています。

千葉学(以下、千葉): 今回のプロジェクトを始めて、驚いたことがふたつありました。ひとつは大日本印刷という印刷会社が住まいの未来を考える組織をつくり、継続的な活動を始めたということ。もうひとつはあらゆる建築空間の表層に、これほどまでに多くの印刷技術が使われているということ。私たちの生活のかなりの部分が、すでに大日本印刷のマテリアルに囲まれているということが新鮮な驚きでした。
以前ユビキタス※1が流行った頃、私の研究室では建築の様々な空間における表層、例えば壁や床や天井の可能性について、議論していたことがあります。空間を形成する表層が、様々な視覚的コミュニケーションのツールとして在ると同時に、様々な性能を持ちはじめたりすると、生活や働き方がどんどん変わるだろうという話をしていたので、表層はとても面白い領域だと思いました。

※1 ユビキタス
日本ではIT用語として特に2000年代中期に多用された用語。
生活環境のあらゆるところに情報通信技術が張り巡らされ、いつでもどこでも意識せずに情報通信技術に
アクセスできる状態を指すことが多い。現時点でも厳密な定義はされていない。

田中: 新築マンションのモデルルームは色々と装飾されていますが、実際の入居時は内装までが仕上がった空っぽの状態ですよね。その状態で目にするかなりの部分がわれわれのマテリアルで、とても責任重大だと思ったことがあります。

千葉: はじめに東京大学建築学科千葉学研究室について紹介させていただくと、一般的にいう「建築デザイン」と呼ばれる領域に取り組んでいます。単に建築のデザインに留まらず、身体的なスケールから都市的なスケールまで扱い、さらには建築、土木、都市計画といった領域で縦割りされた在り方でもない、スケール横断的かつ領域横断的に取り組もうという姿勢の研究室です。

「建具」がつくる豊かな空間

千葉: 共同研究のお話しをいただいたとき、内装マテリアルを「表層」と捉え直してみると、単に表面の仕上げの話に留まらず、「表層」や「境界面」まで話を膨らませていけるかもしれないと考え、そこから「建具」というテーマが出てきました。
「建具」といえば、ドアや窓、間仕切りなどのことですが、建築で唯一動く部分でもあり、使い方に応じて空間を劇的に変えてくれるものでもある。日本には昔からとても豊かな建具が沢山ありました。障子、襖、格子戸、鎧戸(よろいど)※2、蔀戸(しとみど)※3……。それこそ建具だけで空間が出来ているような、場をつくるとても大切な道具でした。それがんどん失われて、今はフラッシュ戸※4ぐらいしか使われなくなってきている。懐古趣味的に掘り下げるのではなく、住まいの未来に必要な建具の話、そこから場所と場所や人と人との関係というところまで追求できると、空間の捉え方もどんどん変わっていって、面白い展開ができるかも知れないと思いました。

※2 鎧戸
戸の面がブラインドのように斜めに並べた小板で出来ている戸。視線や外光を遮断しつつ通気性を確保した建具。
※3 蔀戸
平安時代から貴族の住宅や寺社建築で使用された、板の両面に格子が組まれている建具。主に建物の外側に跳ね上げるかたちで開く。主に建物の外側に跳ね上げるかたちで開く。
※4 フラッシュ戸
框と桟と呼ばれる材料で骨組みを作り、表面に板材や合板を張り付ける構造の建具。

田中: 「建具が建築で唯一動かせる」ということを千葉先生からうかがい、われわれはむしろ表層を静止画で捉えていて、人の回遊や建具の動きみたいなところに考えが至っていなかったと、ハッと気づいたことが大いにありました。

千葉: 例えば昔の日本家屋には襖の上に欄間があって、欄間部分は空気も通じているし、光や音も漏れてくる。場所と場所との関係をデリケートに扱っていると感じます。「音は漏れてくるのにお互いの顔は見えない」といった関係が、建具だけでできている。それはとてもデリケートで、扉1枚の操作で、開か閉か、○か×か、1か0か、というような選択とは違い、そこに豊かな関係性があった。建具が失われたことによって、空間や気配に対する感受性も同時に失われてきているような気もします。

田中: 戦後、大量に住宅が必要な時代には、われわれが開発したようなマテリアルが合理的かつ画期的でした。それが定着し、定番として生き残っているということだと思いますが、それが永久に続くわけはないので、自分たちからブレイクスルーのための行動を仕掛けなければいけないと考えています。

千葉: 私たちは先ず建具そのものをきちんと押さえておこうと思い、日本の伝統的建具や世界各国の建具のリサーチを始めました。リサーチを進めていて面白かったのが、格子はあらゆるスケールとあらゆる素材で、世界中で見られます。格子のかたちは建具のひとつの原型なんですね。日本では京都や金沢の町家の格子がすぐに連想されますが、編んでいる素材が竹になって、タイなどのアジア諸国で見ることができたり、格子がスケールを変えて、とても目が細かくなっていくと、網戸みたいなものになって機能が変わる。格子という単純なかたちのものでも、その素材とスケールが変わるだけで、その建具の性能が劇的に変わり、使われるシチュエーションも変わるのが面白い。何か全くゼロから新しいものを生みだすことではなく、既存の印刷技術の組合せによっても、新しい表層や境界面が生まれることにつながるかな、と思ったんです。

田中: 微細な加工、凹凸を付けて液晶パネルの表面の光のコントロールをするだとか、カラーフィルタなどは、エッチング技術※5を応用して製品化しているので、建築材への応用もすでに始めていますが、現状では建築における場所や環境などの制約で、オールマイティに性能を発揮するのが難しいこともあります。

※5 エッチング技術
化学薬品などの腐食作用を利用した、表面加工の技法。防食剤の有無で凹版をつくる。銅版画の技法として発展した。